大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和33年(ネ)176号 判決

控訴人 債権者 中尾卯作

訴訟代理人 和智昂 外二名

被控訴人 債務者 北正朋

訴訟代理人 菅野虎雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、福岡地方裁判所が昭和三二年(ヨ)第五七号債権仮差押事件につき昭和三二年二月一三日なした仮差押決定中主文第三項「債務者が金五二八、八四三円を供託するときはこの決定の執行の停止又はその執行処分の取消を求むることができる」とある部分を認可する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

債権者たる控訴人の本件被保全債権の存在竝に仮差押の必要あることについては被控訴人の明らかに争わないところであり、被控訴人の異議事由は本件債権仮差押の目的債権は金額一五万円であるに拘らず、本件仮差押命令において債権者たる控訴人の請求債権と同額の金五二八、八四三円の解放金額を定めたのは不当であるというのである。

仮差押命令に関する現行民訴法の解釈として支配的な見解はおよそ次のとおりである。

仮差押は金銭債権の執行保全のためになされるものであり、金銭債権の債務者は有限責任の場合を除き一般にその全財産をもつて債務の弁済にあつべき責任を負うものであるから、仮差押命令においては発生原因及び金額をもつてする請求債権の特定竝に該債権の執行保全のため債務者の財産を仮に差押える旨を内容として記載すれば足り、仮差押の目的物を特定掲記することは必要でもなければ法律上の意味を有するものでもない。仮差押命令を得た債権者は該命令を債務名義として、債務者の財産を任意選択した上、これに対し執行機関を通じて仮差押執行をなし得るのである。ただ仮差押の目的物が債権または不動産である場合は仮差押裁判所が同時に執行裁判所でもあるところから、債権者は仮差押命令申請の際に同時に特定財産に対する仮差押執行の申立をするのが通例であり、裁判所も執行の便宜上これを容れて当該特定財産を仮に差押える旨の裁判をするのであるが、それは同一裁判中に保全訴訟の裁判としての仮差押命令と該裁判を債務名義とする執行処分としての裁判とが同時になされているものに過ぎず、両者はあくまで明確に区別さるべきものである。したがつて民訴法七四三条により仮差押命令の当初において該命令中に定めることが要求され、仮差押の目的財産に代つて債権者の請求債権を保全する性質を有する解放金額は、右被保全債権額を標準としてこれを定むべきであつて、仮差押の目的財産の価格を標準とすべきものではない、というのである。

しかしながらわが国の裁判実務上永年に亘る慣例となつている取扱方は必ずしも右の考え方に割切られているものとはおもわれない。すなわち実務上の慣例では、仮差押命令を申請する債権者は該申請において仮差押の目的となるべき財産として債務者所有の有体動産または特定の債権もしくは不動産を指示するのが通例であり、裁判所もまたこれに応じて有体動産または特定財産を仮に差押える旨の裁判をなすのである。ただ有体動産の場合は債権者側で事前に債務者所有の有体動産を具体的に把握することが困難であるところから、単に「債務者所有の有体動産」とのみ表示し、目的物を特定しないのが通例であるが、その他の財産の場合は特定の債権もしくは不動産を仮に差押える旨の申請竝に裁判がなされるのが通例である。そして右特定財産の仮差押において民訴法七四一条による仮差押債権者の立保証金額は請求債権額を標準とせず、目的財産の価格を標準として定めている。殊に目的財産が金銭債権の場合は、その価格は券面額自体によつて明らか(実際の価値は第三債務者の資力に依拠するのであるが、多くとも券面額以上に出でないことは明らかである)であるから、当然その券面額を標準として立保証金額が定められるのである。このことは債権者が特定財産を表示して仮差押を申請する場合は、特段の事情がない限り、その請求債権が当該財産の価格(それが請求債権額より少額である場合)の範囲内で保全されることをもつて一応満足する意思で、すなわち保全の請求を当該財産の価格の範囲に限定する趣旨で仮差押申請をするのであり、裁判所もこれに応じてその趣旨の仮差押命令を発するのであつて(民訴法一八六条参照)、該仮差押命令はこれに特定掲記された目的財産以外の財産に対し執行力を有するものでないことを当然の前提としているものと解せられるのである。そうだとすれば仮差押命令に目的財産を特定掲記することは、前記通説の説くように執行処分たる裁判としてのみ意義あるものではなく、保全訴訟の裁判としての仮差押命令の内容を画すものといわなければならない。そのように解釈することは特定財産に対する仮差押命令が保全訴訟の裁判と執行処分たる裁判とを併有するものであるとの考え方(その点は異論のないところであろう)と矛盾するものでは決してない。さすればこの種の仮差押命令による被保全債権額は目的財産の価格の範囲内にとどまるのであるから、仮差押解放金額も目的財産の価格を標準として定めることが必要であり、且つそれをもつて十分であるとなすべきである。これを本件についてみれば、前記のように債権者たる控訴人の請求債権は金額五二八、八四三円であるが、仮差押の目的財産として金額一五万円の特定債権を表示して仮差押を申請し、その趣旨の仮差押決定がなされたのであるから、解放金額は右金一五万円と定めるのが当然である。

よつて以上と同旨に出で、原仮差押決定に定められた解放金額五二八、八四三円を金一五万円に変更した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条九五条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 小西信三 判事 岩永金次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例